【 コラム colum 】

公営レース賛成派
〜客 席 か ら 本 音 で 語 る 公 営 競 技 〜


公営競技ライター 沢 ともゆき

vol.21 「去り行く男たちのばんえい記念」


筆者が全公営競技中最も感動する「ばんえい記念」。
今年も3月に開催された同競走の観戦記録と年度末の競馬組合解散による悲喜こもごも


 「ばんえいの有馬記念」とでも言うべきレース「ばんえい記念」は、毎年度末に帯広競馬場で行われる。公営全競技を打つ私だが「最も感動するレースは?」の問いには迷わず「ばんえい記念」と答える。競輪GPも賞金王決定戦も感動はするが、さすがに涙は出ない。しかし、この競争だけは、毎年現地帯広まで駆けつけては、それを生で観、人目をはばからず泣いてしまうのだ。もちろん馬券が当たらないからではなく、レースの凄まじさ、そして美しさに、だ。

 通常の重賞レースよりも格段に重い1トン(牝馬は980kg)というソリを曳く競争は年にここ一度だけ。走破タイムもいつもの倍以上かかるのは当たり前。過去にはこれに出走したことによってそのまま引退に追い込まれた馬も…という過酷極まりないレース。時として「動物虐待」などとも云われるばんえい競馬だが、彼らは重い荷物を曳くために生まれてきた。そして厳しい能力試験をパスし、晴れの舞台で闘っているのである。難関の第二障害を越えてゴールした瞬間は、どの馬も達成感に満ち満ちた表情をしている。「どんなもんだい!」てな顔である。そもそもその第ニ障害前で一呼吸置いているうち、かなりの馬が「行きたがる」のだ。障害前で騎手が手綱を引くのは、行きたがる馬にもっと脚を溜めさせるために制止しているのであり、それだけみても「動物虐待競争」は的外れだと思うのだが?

 そうしたばん馬のイロハを私に教えてくれたのは旧競馬組合・広報係の鷲見陽一氏だった。昨年度、年間通して何度も訪れた各競馬場で、日曜日になると氏が引率するバックヤードツアーに参加させていただいた。そこで氏はまず参加客にばん馬の生態を説明する。語りの始まりは「この子たちは〜」だ。馬のことを「この子たち」と呼ぶ口調はとても新鮮で、かつ深い愛情が感じられた。馬は人のために重い荷を曳いて走り、人はそんな馬に最大限の愛情を持って接する。大げさに言えば「北海道開拓以来の人馬一体文化(いや、営み、というべきか)」を氏から直接に感じたのである。


鷲見氏。25年間お疲れ様でした。

 そんな鷲見氏が今回の競馬組合解散に伴い、離職されることを伺ったのは、今回帯広入りして最初にお会いした瞬間だった。新年度の運営を行う民間企業が組合職員に再雇用の門戸を設けていたことは知っていたし、心から競馬好きの氏なら、間違いなくその再雇用に応じるだろうと思っていただけに意外であり、残念だ。聞けば、さんざん迷われた結果だそうだが、旭川に家と家族を持つ身として帯広への移住に等しい生活は困難なこと、提示された雇用条件も厳しすぎる、との判断だそう。いずれにしても断腸の思いが伝わってくる。今開催で氏の25年間の競馬生活が終わりを迎えることになる。その思いやいかに。

 3月25日・日曜日。地元・道内はもちろん、全国からのファンでごった返す帯広競馬場。10レース・ばんえい記念のファンファーレが鳴る。私同様「毎年、このレースは泣いてしまいます」と言っていた鷲見さんは、どこでどういう気持ちで観戦しているのだろうか、と一瞬思う。ゆったりとした流れで進む年間最重量レース。第2障害のせめぎ合いは近年の中でも最高に白熱したもので、一旦は膝をついた8.トモエパワーがベテラン・坂本東一騎手の絶妙の手綱捌きで甦り、障害をトップで越え、そのまま後続を千切って勝利。場内はその凄まじい競争に大歓声と拍手をおくった。私は同行の家族・仲間から離れて独りスタンド中段で観戦し(今年は写真を撮りながらだったが)やはり感動に涙しながら「来年も絶対観に来るぞ!」と心に誓った。

 その晩、帯広名物の屋台村で鷲見氏と合流、深夜まで盃を交した。25年間で印象深かったこと、新運営の競馬に期待すること…など色々話したが、酔いのためか詳細は覚えていない。ただ、夏に予定されているナイター開催には絶対一緒に行きましょう! と約束はした。
「俺、今度から馬券買えちゃうんだよな!」
と嬉しいような寂しいような表情を見せる氏。でもどうせなら打って、勝って、「お客の方がいいかも!」と高笑いする顔を見たいと、再会の夏に期待する私なのだ。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

年度末の大一番!
究極重量・1トンを曳き1メートル70センチの山を登る巨漢馬たち。
その圧倒的なビジュアルと迫力は観る者全てに強い感動を与えずにはいられない!感動のばんえい記念

 今年のばんえい記念は8枠・9頭立てで行われた。1番人気は昨年まで2着惜敗が続いていた5.ミサキスーパー。2番人気が1月の帯広記念を制した8.トモエパワー。レースは上記の通りトモエパワーが圧倒的な走りを見せ優勝。走破タイムは4分50秒(通常競争では1分台後半〜2分台前半)。それから遅れること3分弱で全馬ゴール。


第2障害の攻防。各馬登りかけるが後ろのソリに引かれるようにしてなかなか進まない。観客の叫びも最高潮に。


8.トモエパワーが真っ先に障害を越えると場内大声援。ベテラン・坂本騎手のばんえい記念初制覇なるか!?

 
直線追ってくる他馬はなく、そのままゴールイン。2着には百戦錬磨の伏兵6.シンエイキンカイが入り馬単は34倍。

(2007年5月5日号)


筆者●沢ともゆき プロフィール

昭和40年代前半生まれ、東京下町在住。造り酒屋の家系に育ち、放蕩な青春期を送る。20代より公営全競技を最大の趣味とし、現在も本業(編集・デザイン事務所主宰)のかたわら全国レース場を渡り歩く。昨年より公営競技ライターとしてデビュー。座右の銘は『人生は種銭稼ぎ』。